目次
57/366日・・・2月26日は何の日?
- 二・二六事件の日
- 血液銀行開業記念日
- 脱出の日
- フロリダグレープフルーツの日
- 包む(ラッピング)の日
- ご飯がススムキムチの日
2月26日が誕生日の有名人
- 桑田佳祐
- 藤本美貴
- 三浦知良
- 有村実樹
- 上原奈美
- 中村果生莉
- 篠崎愛
- クリスタル・ケイ
- 岡本太郎
- 竹下登
脱出の日
<脱出の日>の由来
1815年2月26日、イタリアのエルバ島に流刑されていたナポレオン・ボナパルトが、島から脱出したのが<脱出の日>の由来です。
ナポレオン・ボナパルト
誕生~頂点
ナポレオンは1769年、フランスのコルシカ島で生まれました。1779年に陸軍幼年学校へ入学し優秀な成績を修め、1784年にパリの陸軍士官学校へ入学、こちらも優秀な成績で卒業しています。1789年に「フランス革命」が勃発、1793年には旅団陸将に昇進し1799年にフランスの第一執政に就任しました。連戦連勝のナポレオンは1804年に国民投票にて「フランス皇帝」に選出されます。
頂点~陥落
その後もフランスの領土を拡大していくナポレオンでしたが、1812年の「ロシア遠征」で大敗し、1814年にはフランス帝国の首都・パリが陥落。ナポレオンは退位と終戦を目指しましたが、マルモン元帥の裏切りによって無条件に退位に追い込まれ、エルバ島の小領主として追放されました。
百日天下
1815年2月26日、エルバ島を脱出したナポレオンは、パリに戻って復位を成し遂げますが「ワーテルローの戦い」で完敗。ナポレオンの百日天下は幕を閉じることとなります。ナポレオンは再び退位に追い込まれ、アメリカ合衆国への亡命も考えましたが、最終的にイギリス軍艦に投降、南大西洋の孤島セントヘレナ島に幽閉されました
ナポレオンの最後
実質的な監禁生活の中でも膨大な回想録を残したナポレオンでしたが、劣悪な環境と心労が重なり1821年5月5日にこの世を去ることとなりました。死因は胃癌と公表されていますが、暗殺説、中毒説、医療ミス説、等、死因は謎に包まれています。